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私たちの話は1910年に始まります。18歳のジョイス・クライド・ホールがミズーリ州カンザスシティーで電車から降りたった時、彼の腕にはポストカードの入った、たった二つの靴箱があっただけでした。彼は、宿泊するYMCAへ向かう為の馬車に乗ることもできないほどのわずかなお金しか持っていませんでしたが、起業家精神と先駆者としての決断力がありました。 その後彼は、販売した絵葉書で急速に有名になっていきました。

当時18歳のJ.C.ホールは、後にホールマーク・カーズ・インクとなるビジネスを始めるために、1910年米国ミズーリ州カンザスシティーに降り立ちました。

時代の変化を感じ、ホール兄弟は、人々がコミュニケーションに更なるプライバシーを求めていると考え、ポストカードからグリーティングカードへと移行しました。

ローリー・ホールがジョイスのビジネスに加わり、会社はホール・ブラザースと命名されました。 しかし、1915年1月11日に火災が起こり、彼らはオフィスと在庫商品を失いますが、焼け残った金庫だけを持ち店を再開します。 1万7000ドルの借金がありましたが、彼らは前進することを決めました。 ポストカードの販売が低下するに従い、彼らは人々が更なるプライバシーを求めていると感じ、封書で送ることができる高品質なバレンタインカードとクリスマスカードの販売を始めました。 運命的な火事は、その同じ年の間に、彼らを印刷機の購入と自身によるグリーティングカードの生産へと導いたのでした。

早期の革新 1910年~1930年代

ホール・ブラザースのグリーティングカードは成功し、それを武器にジョイス達兄弟は革新を続けました。 他の製品ラインへの彼らの最初の進出は、ホール・ブラザースが現代的な贈物用ラッピングを「発明した」1917年のことでした。クリスマスシーズンの ピーク時、単色のギフトラッピングが売り切れてしまい、即席で高級な仕様のフランス製ライナー付封筒を作りました。 それらもあっという間に売り切れたため、兄弟は自分達でギフトラップ類の印刷も始めることを決めたのでした。

1917年に、土壇場の問題解決方法として始めたものが、ホールマークの最も人気がある製品の1つになっています。それがギフトラップ商品です。

「ホールマーク」ロゴをカード裏面に表記するというアイデアはJ.C.ホールが考えたものです。

J.C.ホールはカードのマーケティングにおいても革新的でした。 彼は、品質保証の証として金細工職人によって使用された「ホールマーク」という言葉に好奇心をそそられました。 品質についてだけではなく、彼の姓をも含んでいた点が気に入りました。 そして、1928年、会社は、あらゆるカード裏面に「ホールマーク」名を入れてブランドとして売り出し始めました。 その同じ年、グリーティングカード会社として初めて全国規模の広告を行いました。 広告はJ.C.ホール自身が書き、レディース・ホーム・ジャーナル誌に掲載されました。 ホールは全国広告の力を確信し、次にラジオ媒体へと向かいました。「トニー・ウォンズのラジオスクラップブック」に協賛したのです。

J.C.ホールがカードの買い物をより簡単にした「アイ・ビジョン」什器を発明するまで、グリーティングカードは引き出しの中にしまわれていました。

しかし、革新はそこに留まりませんでした。 1932年、ホールマークは、20世紀の最も著名な名前の1つである、ウォルト・ディズニーと最初にライセンス契約を行いました。 また別の革新は、特許をとっている「アイ・ビジョン」グリーティングカード・ディスプレイです。これは店の引き出しからカードを取り出し、それを人々が簡単に見て、読むことができる陳列用ラックに置くという方法です。 今日私たちが目にする、店頭でのグリーティングカードの陳列方法は、ホールマークによって始めて作り出されたものでした。

1932年にディズニーとライセンス契約を締結したJ.C.ホールは、ライセンスのパワーを認識しました。

ブランドの確立 1930年~1950年代

まだ若いブランドが1944年に米国史上で地位を固めることができたのは、9つの簡単な単語のおかげでした。 広告業界において最も有名なスローガンのひとつである、“When you care enough to send the very best”(想いをかたちに)は3×5インチ(約8×13cm)のノートから生まれました。ホールマークのセールス&マーケティング・エグゼクティブであった エド・グッドマンは、ホールマークが象徴しているものが何か、彼の考えを書き留めました。それが、 思いやり、高品質、最高のものです。

“ホールマーク・ホール・オブ・フェイム”が、個人ではなくプログラムとして初めて、全米テレビ芸術科学アカデミーの最高の賞、ガバナー賞を受賞。

1944年、ホールマークのスローガン「想いをかたちに」が広告に登場。世界でも有名なこのスローガンは、ある役員のアイデアから生まれました。

1951年にNBCはホールマークに、テレビ向けに制作された最初のオリジナルオペラ、「アマールと夜の訪問者」の後援を持ちかけました。 J.C.ホールは、ホールマークカードを買ったすべての人々への感謝の印としてプログラムを後援すると決めました。 オペラはクリスマスイブに放送され、何千ものホールマークへの感謝の手紙、カードや電報を送るほどに視聴者の心を動かしました。 これは後に「ホールマーク・ホール・オブ・フェイム」となる特別番組のシリーズの第1号と言えます。 その後の60年あまりの間で、「ホールマーク・ホール・オブ・フェイム」は79個のエミー賞を受賞しました。また、全米テレビ芸術科学アカデミーはホールマークにスポンサーとしてのエミー賞を2つ贈りました。
会社名が1954年に公式にホール・ブラザースからホールマーク・カーズ・インクに変更される時までには、J.C.ホールによって始まった企業家精神と革新を求める伝統は深く浸透していました。  

成長と拡大 1960年~1980年代

J.C.の息子であり、1966年に社長兼最高経営責任者となったドナルド・J・ホールのリーダーシップの下で、ホールマークは拡大と成長を遂げました。 その後ホールマーク・インターナショナル社を設立し、世界中の消費者にホールマークの高品質な製品を紹介しました。

1966年 ホールマークの1部門としてホールマーク・インターナショナル部門が設立されました。

ホールマークは、現在では世界100カ国、約30言語の方々に向け、カードを製作しております。

この時期に「ホールマーク・キープセーク・オーナメント」を発売し、クリスマス装飾に革命を起こし、またオーナメント収集への興味をかき立てました。 量販チャネルの、より小さいカード売場と小売業者の需要を満たすことを目的として、「アンバサダー」ブランドを発表しました。また、ユーモラスなグリーティングカードのラインとして「シューボックス」を発売。これは当時、ホールマークの中で単独では最大の製品ラインの始まりでした。 「マホガニー」カードはアフリカ系アメリカ人の消費者のために作られたラインです。そして、ユダヤ系やスペイン系の消費者のためのカードが、その後すぐに続いて発売されました。

未来を築く1980年~1990年代

J.C.ホールが1982年に亡くなると、ドン・ホールが取締役会会長に就任し、アーバイン・O・HockadayJr.が社長兼最高経営責任者に任命されました。 この間に、新規顧客と流通経路の獲得のために有益な会社を買収することにより、ホールマークは未来へ向かって歩み始めました。 今日、次に挙げる会社が子会社となっています。クレヨラ、クレヨラブランドのクレヨンとアート用製品メーカー。サンライズ・グリーティングス、革新的なグリーティングカード会社。 イメージ・アーツ、ボックスカードと季節のカードの会社。 デイスプリング、クリスチャンの消費者のためのカードの一流メーカー。 ウィリアム・アーサー、イニシャル入りの便箋と封筒。イレジスティブル・インク、ダイレクトメールにおける手書きでのカスタマイズを専門とする会社。

ホールマークの99セントのカードラインは品質、価値、および便利さを買物客にもたらしました。

ビニー&スミス社、現在のクレヨラ社は、1984年にホールマークの子会社となりました。

時代の変遷に歩調を合わせてニュースと情報を提供するウェブサイトとしてHallmark .comが開始され、すぐに、Eカードと電子商取引を始めました。 「エクスプレッションズ」ブランドが量販チャネル店舗に導入され、消費者がどこで買い物をしていてもホールマークブランドを購入することを可能にしました。 ホールマークの史上最大の製品の1つ、「ホールマーク・ウォーム・ウィッシュ」グリーティングカードラインは、99セントで購入できるカードを全米の小売店で何百枚と紹介しました。

革新 21世紀とその先へ

グリーティングカード業界のリーダーとして、ホールマークはカードだけに留まらない、それ以上の足跡を残します。 ドナルド・J・ホール Jr.とデヴィッド・E・ホール(2人とも創設者の孫息子)は強い家族的統率力と革新という遺産を引き継いでいます。 ドンは社長兼最高経営責任者として会社を、そしてデーヴは北米事業部門を統括しています。

ホールマーク・キャラクターの「hoops&yoyo」は世界中にファンがいます。

ラッピングペーパーとしては初の接着剤付きラッピングはテープなしでの包装を簡単に実現します。

会社が100年目を迎える今でもホールマークブランドは発展し続けています。 上質な家族向けエンターテインメントは、ホールマーク・ホール・オブ・フェイムから始まり、家族向けのプログラムを何百万もの家庭に届けるホールマーク・チャンネル・テレビネットワークで生き続けています。 そして、グリーティングカード分野では、音楽という感情の共有、大好きな人の声という驚き、または動くという興奮を、グリーティングカードのパワーに結合させることで生み出されたCards With Sound、Recordable Cards With Music、Cards With Motionが、いま一度グリーティング業界に変化をもたらしています。

ホールマークのCards With Soundはオリジナル・アーティストによる音楽を私たちのセンチメントと融合させるという、ライセンス・リーダーシップに成功をもたらしました。

今日、ホールマーク製品は国内4万1500以上の小売店やオンラインショップHallmark .comで見つけることができます。私たちは30の言語で製作し、世界100カ国以上の国々で取り扱っています。 ホールマーク・ゴールドクラウン・ストア(3,300店の独立系のカード/ギフト専門店のネットワーク)はホールマーク製品の最も幅広い品揃えで展開しています。

ホールマークは、お金もなく、ポストカードの入った2つの靴箱と夢だけを持った一人の男性から始まって長い道のりを歩んできました。 最も重要なことは、人と人とが繋がりあいたいと願う、基本的な人間の欲求を満たす永続的な信念と価値を、私たちがしっかりと手放さずに続けて来たということです。

インスタント・スクラップブックは、ホールマークが、人々が思い出を保存するためのお手伝いをする新しい手法の一つです。

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人々の想いと歩み続けてきた、ホールマーク100年の物語。

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